村岡桃佳選手の出身地・プロフィールを完全解説。埼玉県深谷市出身、早稲田大学卒、トヨタ自動車所属。
4歳で車いす生活となった経緯から、パラリンピック4大会通算11メダルの軌跡まで、ファンが知りたい情報をすべてまとめました。
村岡桃佳のプロフィールと出身地を一覧でチェック
村岡桃佳選手のプロフィールと出身地は、以下の通りです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 村岡 桃佳(むらおか ももか) |
| 生年月日 | 1997年3月3日(28歳) |
| 出身地 | 埼玉県深谷市(旧・川本町) |
| 血液型 | AB型 |
| 所属 | トヨタ自動車 |
| 学歴 | 正智深谷高等学校 → 早稲田大学スポーツ科学部(卒業) |
| 競技 | パラアルペンスキー(チェアスキー) |
| クラス | 座位(LW12-1) |
| 主な実績 | パラリンピック4大会出場・通算11メダル(金4・銀5・銅2) |
村岡桃佳選手は1997年3月3日生まれ、埼玉県深谷市(旧・川本町)出身のチェアスキー選手です。早稲田大学を卒業し、トヨタ自動車に所属しています。名前の「桃佳(ももか)」は、誕生日が桃の節句・3月3日であることに由来すると言われています。
村岡桃佳の出身・生い立ち|車いす生活のはじまり
埼玉県深谷市で育った幼少期
村岡桃佳選手は4歳の時に横断性脊髄炎に感染し、両下肢に麻痺の後遺症が残り、以降車いす生活となりました。
横断性脊髄炎とは、脊髄に炎症が起きて手足のまひや感覚障害を引き起こす疾患です。突然訪れた障害に、幼い村岡選手は大きく戸惑いました。元々外で遊ぶのが好きでしたが、周囲に気を使われるようになってから外に出ることが怖くなり、引きこもりがちになったと回想しています。
そんな村岡選手の気持ちを救ったのが、スポーツでした。父親の秀樹さんは、娘を少しでも理解したいと自らも車いすを使ったスポーツを始め、一緒に楽しんだそうです。父と娘でスポーツに向き合ったことが、後のアスリート人生の土台を作りました。
中学生でアルペンスキーの世界へ
小学校3年時にチェアスキーと出会い、以降趣味としてスキーを楽しんでいました。中学2年時、日本代表選手の滑りに魅了され、競技スキーの世界に入ります。憧れたのは、パラリンピックで活躍する森井大輝選手でした。
出身高校・大学
中学3年次に早稲田大学本庄高等学院への進学を目指しましたが、当時の校舎はバリアフリー化されていなかったため進学を断念し、正智深谷高等学校に入学。
高校3年時の2014年、17歳でソチパラリンピックに出場。大回転で5位入賞という成績を残します。
高校卒業後は、パラスポーツ選手として初めて早稲田大学の「トップアスリート入試」に合格し、スポーツ科学部に入学。村岡選手の進学に合わせて、早大スキー部は寮をバリアフリー化しました。工事費用600万円のうち500万円は大学側が、残り100万円は匿名の寄附で賄われました。これを機に、早稲田大学はキャンパス全体のバリアフリー化を本格的に推進するようになりました。村岡選手の存在が、社会を変えた好例です。
村岡桃佳の競技実績|パラリンピック4大会のメダル記録
ソチ2014(初出場)
17歳で初めてのパラリンピック舞台に立ちました。スーパー大回転は旗門を通過し忘れて失格となりましたが、大回転で5位入賞。世界との差を痛感しながらも、確かな手応えをつかんだ大会でした。
平昌2018(大ブレイク)
平昌パラリンピックでは大回転で金メダルを獲得。日本選手団の旗手も務めました。出場した5種目(滑降・スーパー大回転・スーパー複合・大回転・回転)すべてで表彰台に立ち、冬季パラリンピック大会において日本選手最多となる1大会5個のメダル獲得を達成しました。この活躍で、国内外から一躍注目を集める存在となりました。
東京2020(夏冬二刀流に挑戦)
冬のパラリンピックだけでなく、夏の東京パラリンピックにもパラ陸上(車いす100m・T54クラス)で出場。スキーと陸上という異なる競技を同時に極めた「二刀流アスリート」として話題を呼びました。結果は6位入賞でした。
北京2022(冬の女王として君臨)
2022年3月5日の女子滑降(座位)で金メダルを獲得。翌3月6日のスーパー大回転では、滑走中にコンタクトレンズを片方落として視界不良になるハプニングに見舞われながらも金メダルを獲得しました。3月11日の大回転でも金メダルを手にし、通算金メダルは4個となり、冬季パラリンピック日本勢の最多記録を更新しました。
ミラノ・コルティナ2026(最新・開催中)
2025年11月に負った鎖骨骨折からの復帰戦となったのがこのパラリンピックです。最初の種目となった滑降は欠場したものの、スーパー大回転で銀メダルを獲得。続く大回転でも銀メダルを手にしました。
大回転の銀メダルにより、通算メダルは11個となり、冬季パラリンピック日本勢の単独最多記録を更新しました。3連覇こそ逃しましたが、骨折からわずか数ヵ月でパラリンピックの表彰台に立ったことは、驚異的な回復力と精神力の証明です。

怪我の復帰戦としては最高の結果ではないでしょうか。
村岡選手の精神力の強さが伺えます。
村岡桃佳の強さの秘密|4つの魅力
1. 時速100km超のスピードを操る技術力
チェアスキーは座席にスキー板を固定して斜面を滑り降りる競技です。プロの選手は時速100kmを超えるスピードで雪面を滑走します。その高速の中でコースを正確に攻め、コーナーを制御する技術は世界トップレベルです。
2. ハプニングに動じないメンタル
北京パラリンピックのスーパー大回転では、滑走中にコンタクトレンズを片方落とすアクシデントが発生。しかし村岡選手はそのまま滑り切り、金メダルを獲得しました。本番の極限状態で実力を発揮できるのは、日々の積み重ねがあってこそです。
3. 自分を変え続ける挑戦心
東京パラリンピックへのパラ陸上挑戦は、2019年春に決意したものです。スキーと陸上では使う筋肉がまったく異なり、何度も心が折れそうになったといいます。それでも挑戦をやめなかった姿勢が、多くのファンを惹きつけています。
4. 骨折からも4カ月で復帰した回復力
2025年11月に鎖骨を骨折した影響が残る中でパラリンピックに臨み、スーパー大回転と大回転の2種目で銀メダルを獲得しました。レース後に「痛いのと、今日はとっても疲れました」と笑い飛ばす精神的なたくましさも、村岡選手の大きな魅力です。
まとめ:村岡桃佳のプロフィールと出身を5行で整理
- 出身:埼玉県深谷市。4歳で横断性脊髄炎により車いす生活に
- 学歴:正智深谷高等学校 → 早稲田大学スポーツ科学部(パラスポーツ選手として初のトップアスリート入試合格)
- 所属:トヨタ自動車。競技はパラアルペンスキー(チェアスキー・座位クラス)
- 実績:パラリンピック4大会出場、通算11メダル(金4個)。冬季パラリンピック日本勢の最多記録保持者
- 現在:2026年3月のミラノ・コルティナパラリンピックに出場中。骨折から復帰し銀メダル2個を獲得
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村岡桃佳選手の試合はNHK Eテレで放映されています。
ミラノ・コルティナ2026パラリンピックは2026年3月6日〜15日(現地時間)の開催です。
試合のハイライトはNHKプラスやIPCのYouTubeチャンネルでも視聴できます。


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